『田園の詩』NO.59 「伝統工芸の現状」(1996.12.10)


 11月は伝統的工芸品月間ということで、毎年この時期に、各県持ち回りで『全国伝統
工芸フェスティバル』が開催されます。

 今年は、地元大分県の別府市が会場だったので見学にいってきました。日本中の工芸
品や工芸士の実演が見られるとあって、会場は大変賑やかなものでした。

 一般の人々の工芸品に対する関心(興味)の高さに比べると、会場で実演をしていた
職人さんや、並べられていた工芸品に力強い輝きを感じることができませんでした。

 日頃の工房を離れて、区切られた台の上で人前に晒されて面白いはずがありません。
また、狭いスペースには十分な工芸品も置くことはできないでしょう。私も職人なので、
その辺の気持ちや事情は良く分かりますが、率直なところ、私にはそのように感じられた
のです。

 もし、私の感じたことが大きな見当違いでないとしたら、その原因は、伝統的工芸品を
取り巻く現状から来ているように思えます。

 折しも、永六輔氏の『職人』という本が発刊され話題になりつつあります。その中にも
工芸の分野における問題点が色々と指摘されています。

 大略して三つの「不足」があるようです。それは、原料不足と道具不足と後継者不足
です。どれも業界の死活に直結する問題で、暗い影を落としています。とりわけ後継者
不足は深刻です。

 私が修業した≪奈良筆≫の業界もご多分に漏れず後継者不足のようです。私は20年
ほど前に弟子入りをしたのですが、その時でさえ「10年ぶりに若い人が習い始めた」
といわれたくらいでした。独立後奈良を離れ、現在、大分にて一人で筆作りの仕事を続
けています。その間、何人の筆職人が育ったのでしょうか…。


       
       
      細筆はフノリ(布海苔)で固めて形を整え、天日で乾かします。
       この筆は「1021 白雲」(クリック)です。



 私は同業者の組合にも加入してないし、息子二人にも筆仕事を押し付けようとは思って
いないので、後継者にはこだわりません。ただ、奈良筆の伝統ある高い技術を私に伝えて
くれた師匠が亡くなった今、私を最後にこの技術を絶やしては、師匠に対して申し訳ない
気も一方にあるのは事実です。             (住職・筆工)

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